二人は居酒屋を出て、駅に向かって歩き始めた。
言葉少ない会話とややふらつきながら、
「ミャンマーへ行ったことはあるんですか?」
唐突に深雪が誠一郎の顔を正面から見据えていった。
「ミャンマーに?」
と誠一郎は問い返しながら、一瞬立ち止まった。
「あるわけないやろ」
「そうですよね……パスポート持ってます?」
「パスポート?……仕事でフィリピンに調査に行ったことがあるな。3年前かな。まだ期限は切れてないはず」
「ああ、よかったわ。じゃあ気持ち次第ですぐにでもいけるわ」
「ミャンマーに? 俺が?」
「そう」
「あの国に行ける?」
「ミャンマーのツアーをどこかで見たことがあるわ。探せばきっとあるわ」
誠一郎はしばらく無言で歩いていた。
「お父さんがそこで亡くなってるんでしょ? どんなとこなのか、私なら一度は行きたいわ。それに今なら時間があるじゃないですか。今がいいチャンスですよ」
深雪が傍らの寡黙な誠一郎に一生懸命促す。誠一郎は失業していても、まだ時間に追われていることに気がついた。
だが、誠一郎は別のことも考え始めていた。不安定になった家計をしっかりやりくりしてくれている妻恵子のことだった。その賢明さを知っているだけに、失業中に海外旅行なんていえるかと。
電車で深雪が先に降りることになった。
誠一郎は次に会う約束をして返事をためらっている深雪をそのまま見送ると、空いている席に座り込んだ。前面の窓ガラスに映る酔った中年男の姿を見つめていた。
地下街を急いで歩いた。まだ最終電車には間に合いそうだけれどいそいだ方がよさそうだ。人だかりをさけながら前へすすんでいた。前からくる急ぎ足のスーツ姿の男性とぶつかりそうになった。「気をつけろ」相手ににらまれた。誰かに背中をそっとたたかれたらわっと泣きだせそうだ。
「そうだ、今の自分は迷子だ」
と酔った頭で考えた。
「都会の雑踏で行き場所を見失った迷子……ぴったりじゃないか」
自分がみじめに思えてさらに泣きたい。
自宅にはその日のうちにたどりついた。恵子には、偶然昔の同僚に会ったので遅くなったと説明した。今後のことを相談にのってもらったと。その後布団にはいったが、ふらふらでよく覚えていない。ふとんの中でうずくまっていつのまにか寝入った。
深雪も布団の中で「父親に会いたかった」と語る誠一郎のことを考えていた。予想外の展開に面食らっていた。遺族、失業者、家族への責任と背負っているものが大きい。
深雪は誠一郎のことを考えて何度も寝返りをうち、眠られない夜をすごした。