Out of Far East    

アジアの歴史、民俗、言語、暮らし、読書、映画鑑賞など  by ほおのき麻衣

雪解け ビルマ慕情(23)

 酔いもまわってきて深雪はさらに饒舌になり、あいかわらず誠一郎がもっぱら聞き役にまわって時間が流れていく。

「父は別に戦争孤児ではないんですが、ちょっと訳があって戦後は孤児みたいな境遇になった人で」

 世代間で戦争体験を語り継ぐことは必要かどうかを話題にしている時に、深雪は父の生い立ちの不幸にちょっとだけ触れた。

「コジ?」

 誠一郎は首をかしげて理解できない顔をしていた。

「おれは……父親いなかったからな」

 と消え入るような声でつぶやいた。

「……ご病気かなにかで?」

 深雪は怪訝な顔をむけた。

 誠一郎は目の前のグラスを見つめていた。

 深雪は誠一郎の哀しげな横顔を見ていた。酔いが覚めそうだ。

「……戦死ですか?」

 深雪はかろうじて声に出してきいた。

 誠一郎はゆっくりうなづいていた。

 ほんの少し間があった。深雪は声を落として静かにきいた。

「……まさかインパール作戦で?」

 誠一郎はだまって大きく何度もうなづいていた。

 二人とも押し黙っていた。居酒屋でそこだけ空気が留まっていた。

「……そうなんだ」

 と深雪はなにか今までのすべての謎が解けていくような気持ちになった。

 同じパネルを何日も眺めていた誠一郎を思い出していた。ビルマで亡くなった父親も見たかもしれないという思いだったのかと。

「もっと食べない?」

 誠一郎は好きなものを注文するようにうながした。小皿が並んでいく。

 二人の間の時間の流れがかわってしまった

「きのうの講演会とか今日の映画上映なんてつらかったんじゃないですか?」 

「まあな……映画はちょっとな」

 深雪は黙って箸を口に運んでいた。

「斉藤さんは講演で生きて帰ってこれたのは運がよかったからだといってましたよね。なんか運という言葉が残ってしまって」

 と深雪が何気なくいうと、

「あれは遺族には失礼だと思ったね」

 と語気荒く返されたので、深雪の顔はこわばった。

 講演者の斉藤は、まさか参加者の中に遺族がいることは想像していなかったに違いない。深雪は思いをめぐらせていたが、思い当たることがあった。講演が終わってからの斉藤と誠一郎との間に漂った緊張感だった。

 誠一郎の方は深雪に遺族であることを気づいてもらったので、身軽になった気がする。酔いに助けられて、遺族であることの過去の記憶を紐解いてみたくなった。控えめに飲んでいたが、アルコールが誠一郎の背中を押した。

 深雪も聞き役にまわる心構えを始めた。