Out of Far East    

アジアの歴史、民俗、言語、暮らし、読書、映画鑑賞など  by ほおのき麻衣

2024-03-01から1ヶ月間の記事一覧

近づく終戦記念日 ビルマ慕情(14)

「このフェスティバルはどこで知りました?」 企画マネージャーとして知りたい情報だった。 「新聞で知って面白そうに思ってね」 「やっぱりミャンマーに関心があるんじゃないですか」 深雪は驚いた顔を誠一郎の方に向けた。 誠一郎は話題を変えようと思った…

老兵と語る女性 ビルマ慕情(13)

ロビーのざわつきと弦が奏でる音楽が、ソファに並んで座る二人の気まずさを救ってくれた。 山崎は瞼を落とし、しばらく動かなかった。杖を身体の中央において、両手でその杖に体重をかけている。 誠一郎はビルマという言葉にただ惹かれて、ここまできたこと…

見知らぬ老人 ビルマ慕情(12)

四日目も同じように、ロビーにある広いコーナーの壁に飾られたパネルの前で、まぶたに焼き付けるように眺めていた。 心を落ちつかせようとした。 そして休憩コーナーで煙草をふかせていた。 ソファベンチに腰かけて考え事をするかのようにフロアの床の一点に…

面接の日々 ビルマ慕情(11)

次の日、午前中に誠一郎は職安に向かった。 三日前に面接を受けた会社から、履歴書が昨日郵送で送返されていたので、もう一度はじめから求人を探すためだった。すでに何通も履歴書を送返されるという苦い経験を積んでいる。社会から求められていないという感…

「ミャンマーの今」写真展 ビルマ慕情(10)

ロビーの奥のコーナーでは、ミャンマーから取材旅行で帰ってきたばかりの女性の写真家による写真が展示されていた。 コーナーの入り口には、写真家の顔写真とプロフィールが紹介されていたが、つい最近までサラリーマンをしていた誠一郎にとっては聞いたこと…

ミャンマーについて ビルマ慕情(9)

国際交流女性センターに入ると、何の楽器だろうか、今まできいたこともないような弦がはじけるさびしげな音色の民族音楽が流れていた。 誠一郎は別世界にやってきたような感じがしていた。 奥の方では平日なので大勢の女性がつどっていた。男性の老人の姿も…

文化欄の催し ビルマ慕情(8)

暑い夏。8月に入って日差しがきつい日が続いていた。 リビングルームでは扇風機が静かな音を立てて回っている。誠一郎はいつものようにソファにすわって新聞を眺めていた。庭に続くサッシは開け放たれ、時折涼しい風が入ってきた。 妻恵子は今朝はまだ自宅に…

桜散るころ ビルマ慕情(7)

1993年3月。 誠一郎は早期退職した。上司から引き留められることはなかった。 妻恵子には事後報告というかたちになってしまったが、次の職はすぐ見つかりそうだと言ってなぐさめた。恵子もすぐに再就職を考えるということで納得した。 社内の健康診断では問…

夫婦の葛藤 ビルマ慕情(6)

誠一郎が妻恵子に早期退職を考えている胸中を語った夜から、一週間がたった。夫婦は再度話し合いの時間をもった。 「定年前にMID Jajanをやめるなんて……人が聞いたら笑うわ。これから幸子や徹を大学まで行かせようと思ったらどれだけお金がかかるか……それに…

家庭内不和 ビルマ慕情(5)

1992年12月。 土曜の夜、息子の徹は塾からまだ帰ってきていない。娘の幸子は夕飯後は自室にこもっている。一階は夫婦二人だけである。 テレビでは野球中継が流れている。誠一郎はリビングルームのソファにすわってテレビを見ているが、時々妻の様子を伺って…

早期退職者募集 ビルマ慕情(4)

誠一郎は同期入社組の中で、一番出世が遅れていると見られていた。 彼らはバブル景気が始まると、早々と課長職、次長職を昇りつめていた。 バブル景気。 一般的には1986年(昭和61年)12月から1991年(平成3年)2月までに日本に起こった、資産価値の上昇と好…

バブル崩壊と母の死 ビルマ慕情(3)

1992年秋。 この年、日本経済は長い不況の時代の入り口に入っていた。 1989年12月29日、日経平均株価が史上最高値38,915円をつけ、この前後の好況期をメディアはバブル景気という言葉で表現していた。日本社会全体が好況に沸いていた。 ところが、1991年ごろ…

臨時のスタッフ ビルマ慕情(2)

土曜の午後、ポロシャツに軽いジャケットを羽織った誠一郎が、自宅のリビングルームで出かける支度をしている。名刺いれから新しくできたばかりの名刺を一枚抜き出して、財布に移し入れた。 地下鉄天満橋駅を降りて、誠一郎は歩いて10分ぐらいの距離にある国…

再就職 ビルマ慕情(1)

平日の昼下がり、リビングルームの電話の音が鳴る。 「はい、矢島です」 「こちら東和化成ですが、矢島誠一郎さんですか?」 先日再就職のために面接を受けた会社の若い女性の声だった。電話連絡は初めてだった。いつも履歴書を返送されるだけだったので、一…