四日目も同じように、ロビーにある広いコーナーの壁に飾られたパネルの前で、まぶたに焼き付けるように眺めていた。
心を落ちつかせようとした。
そして休憩コーナーで煙草をふかせていた。
ソファベンチに腰かけて考え事をするかのようにフロアの床の一点に目を落としていた。まるでうなだれて何かに絶望するかのように。
周りのことは目に入らない。
杖をついた老人が、誠一郎がすわっていたソファベンチのとなりに「横、いいですか」と言いながら、ゆったりすわる気配を感じた。
「外は暑いね」
老人は汗をハンカチで拭いながらいった。
誠一郎は、自分がソファの中央にすわって独占していることに気が付いた。あわてて老人と距離を置くようにソファの端により、目の前にある円筒形の灰皿でくわえていた煙草を消した。
ゆったりした開襟シャツを着ていて、歳は80歳ぐらいに見えた。
老人はなおも誠一郎に声をかける。
「いい催しだね」
「そうですね」
誠一郎はてきとうに相槌をうった。
「なつかしくてね」
「……」
老人の意外な一言に誠一郎は言葉がでなかった。
老人は見知らぬ中年男性でしかない誠一郎の前で無防備だった。
「むかし、ビルマにいたことがあるんだよ。今はミャンマーっていうらしいね」
まるで自慢話をするかのような言い方だった。
「仕事か何かで?」
ちらっと顔を老人の方に向けてきいた。
ビルマにいたということで、観光とは思えなかった。
誠一郎の問いかけに、その老人はかすかに笑みを浮かべて、少し誠一郎の方に顔を向けた。
「戦中だよ」
老人は軽く返事をした。
誠一郎は返す言葉を見つけられなかった。
かたわらにすわる杖をついた白髪の老人と若い日本兵のイメージが重ならない。
「戦中ビルマに行ってた?」
「そうだよ。今の若いもんにはわからんやろうな」
その老人は小さな驚きをみせて、はっきりと誠一郎の顔をながめた。
「こんな歳になって、やっとビルマのことを人にしゃべれるようになったよ」
「……」
「よう生きて帰れたよ」
「……」
「帰れんかったもんもおるからな。悲惨な戦場だったよ」
老人は黙っている誠一郎に気がついて、
「くらい話しやな……すまんね。山崎といいます」
と軽く頭を下げた。
「あっ、そんなことはないです。矢島といいます」
誠一郎も軽く頭を下げた。
「家内の姪がここで働いているので、誘われたんだよ」
しばらく二人はそれぞれが違う一点を見つめていた。