ロビーの奥のコーナーでは、ミャンマーから取材旅行で帰ってきたばかりの女性の写真家による写真が展示されていた。
コーナーの入り口には、写真家の顔写真とプロフィールが紹介されていたが、つい最近までサラリーマンをしていた誠一郎にとっては聞いたこともない人だった。
ミャンマーはアジアでも有数の仏教国であった。
パゴダという金色に輝く仏教建築物が大写しになっている。まるで金のゴブレットをひっくり返して台座をとったような形だった。日本の木造の仏教建造物から受ける印象とは全く違っていた。
誠一郎は初めてみるものばかりで、一枚一枚を確かめるようにゆっくり見て回っていた。
オレンジ色の袈裟を着た少年たちの姿もあった。あどけない少女達や、ロンジーという民族衣装を着た若い女性達の写真もある。みなほおや額にベビーパウダーのような白い粉を塗りつけていたが、強い日差しから日焼けを守るためにするものだという。
続いて、「からゆきさん」の墓の展示に変わった。
からゆきさんという近代日本の発展の陰で、東南アジアまでやってきた女たちのことは少しずつ知られてきている。ビルマの娼館で働く女性もいて、彼女たちの墓が首都ヤンゴンの日本人墓地に残されている。日本への帰国が叶わず、ビルマで亡くなったからであった。日本の方を向くかのように墓石は建てられているという。
誠一郎にとって、からゆきさんは聞き慣れない言葉だったが、珍しいものを見るかのように向き合っていた。
煙草をすいたくなると、少し離れた灰皿台の近くのソファに座って休憩した。
黒いTシャツとジーンズ姿でショートヘアの女性写真家が、少し離れて後ろ側から自らの写真と観客たちを眺めていた。
「いい写真撮れましたね」
どこからか首から名札をぶら下げている女性スタッフが近づき、女性写真家に声をかけた。
「ありがとう」
と、女性写真家は満足げにうなづいていた。
「従軍慰安婦は間に合わなかったんですね」
「そうね。現地でできるだけ情報を探したんだけどね、時間切れでね。それだけがちょっと残念かな」
「からゆきさんのお墓はよく撮れてますよ。こんなの初めて見たわ」
そしてからゆきさんのお墓をやさしいまなざしで二人の女性はじっと見つめている。
「私も一度行ってみたいわ」
と、すらっとした後ろ姿の女性スタッフは、からゆきさんのお墓のパネルをみながら呟いた。
二人の何気ない後ろ姿の会話が気になって、誠一郎は煙草の火を消してそのお墓のパネルの方に静かに近づいた。
誠一郎は少し離れて彼女たちの後ろ姿をほんのすこし眺めた。女性スタッフの方がそれに気付いたのか、誠一郎の方に少し顔を向け軽く会釈した。
「じゃあ、明日の新聞社の取材よろしくね」
と女性写真家にいって、女性スタッフはふたたび胸元の名札を揺らしながら、階段室の方に消えていった。