斉藤の講演に続いて、質疑応答に入った。
「あまり時間はないんですが、質問、意見、感想などありましたら、遠慮なく発言してください」
と深雪が言い終わるや否や、ある年配の男性が、自分の所属部隊を語り、あのインパール作戦を生き抜いてきた斉藤に共感するといった。そして同じビルマにいたという親近感から、にこやかに具体的にある隊長の名前を出して、ご存じかと確かめ合うシーンもあった。
さらに深雪が参加者の発言を促すと、学生らしい若い男性がおずおずと手を挙げた。
「インパール作戦ってはじめて知りました。今まで聞いたこともないので、パネル展や講演はとっても参考になりました……実は僕の親戚のおじさんが、戦中ビルマにいってたことを最近母親から聞いて、それで興味があって今日ここに来ました。それで、おじさんにビルマでのことを聞いてみたんです、ちょっとお酒に酔って機嫌も良かったんですが、急にしらふになって「ビルマのことは聞くな」って言われて……びっくりして、そんなことがあって、お話しを聞いてて納得できました」
聴いている人たちは神妙な面持ちでうなづいていた。
次に手を挙げる人がなかなか出てこないので、
「もうお一方ぐらいは発言できますが」
と深雪が参加者をみわたすと、やはり斉藤と同年配の男性が意を決して静かに手を挙げた。
「吹田からまいりました佐藤と申します。」
佐藤は斉藤にまるで上官に挨拶するかのように律儀に頭を下げ、まわりの聴衆をみまわして発言を続けた。
「私も徴兵されてインパール作戦に歩兵として参加しました。斉藤さんのように九死に一生を経て復員しました。戦後は焼け野原になった日本で必死に働いてきました。ビルマで亡くなった戦友の分まで……そんな気持ちで働いてきたつもりです。だからビルマで亡くなった戦友たちが、無駄な死だったのではないかといわれるのが、一番つらいんです」
男性は高ぶる感情で言葉が続かない。涙を必死でこらえている。
「撤退のときが悲惨だった。なんとか川まで、川といっても増水していて幅が1000mぐらいはあるんですよ。いや、もっとあったかも。自力で渡れないものは……」
男性は言葉が続かない。
「お互い食べるものがない中、戦友は怪我をしていて……川をわたることができなかった」
男性の唇がふるえていた。聴衆は静まり返っていた。
「なんもできんかった」
誠一郎は顔を下に向けて次の言葉を待っていた。
「いっしょに連れて帰ってくれと何度も必死に叫んでいたのが耳に残っていて……なんもできんかった」
佐藤は言葉をしぼりだしていた。
「たぶんあれが最期だったと思う。おれの分まで生きてくれと言われたような気がして……そう思うようにして今まで生きてきたように思う」
「だから……終戦の日がくると、戦友たちがかわいそうで……」
ここまで語り終えるとその老人は席にすわって、ハンカチで目をぬぐった。
あと発言を求める人はいなかった。
講演は質疑応答も含めて全て終わった。