誠一郎は深雪にいわれたように地下鉄の入り口近くの交差点の角で待つことにした。しばらくすると、深雪が涼しげな夏のワンピースにアジアの民芸風のカラフルな布のショルダーバッグを肩にかけてやってきた。
「どこへいこうか?」
誠一郎は自分から誘ったものの検討がつかなかった。
深雪は、誠一郎も自宅の方向がいっしょだということで、梅田に出ることを提案した。
誠一郎は梅田の中心街から少しはなれた居酒屋に深雪を誘った。部下と何回か来たことがある店で、カウンター席とお座敷のテーブルが4つほどあるこじんまりした店である。
のれんをくぐるとカウンター席が空いていたので深雪をうながした。とりあえずビールを注文した。
二人で軽く乾杯。
「どうでした? 今日の映画?」
誠一郎は何と答えていいのか悩んだ。口が重い。
「ちょっと重いんでしょ?」
「……そうだね。あんな映画よう見つけてきましたね」
やっと口に出せた。
「知り合いが紹介してくれた団体から貸してもらえることになって。上映するかしないかでみんなでちょっと悩んだんですけどね。古い映画だし」
深雪はビールを美味しそうに口に運んだ。
「あの映画がインパール作戦の悲惨さをかなりリアルに描いてるらしいです。まあ……実際はもっとひどかったと思うけど」
誠一郎は深雪の話を聞きながら、ゆっくり料理をつまんでいた
おなかもすいたので料理も注文し二人の間に小皿が並んだ。
「どうして、そんなにビルマのことに詳しいの?」
誠一郎がずっと不思議に思っていたことを聞いてみた。
深雪は口の中のものを食べ終えていった。
「実は学生の頃からアジアの女性史に関心があって、これからもずっとやっていきたいと思ってるんです」
「すごいな……むずかしいことやってたんだね」
誠一郎はそんなことを言いながら年齢を推測っていた。
「そう聞こえるだけですよ。広ーく浅ーくやってるだけ」
「たとえば、どんな女性の歴史?」
「中間層の女性ですね。上から降りてきたり、下から這い上がってきたり、元々中間層にいたとかいろんな階層出身者で成り立った層の女性たちに一番興味がありますね。時代の政治とか歴史の制約を受けながらも、なんか頑張ってきた女性たちに共感するな」
誠一郎は相変わらず聞き役としての態度を崩さない。
「もちろん、パネル展にもあったようなからゆきさんとか、今回は扱えなかったんですが、韓国の従軍慰安婦とかにもちょっとだけ関心はありますよ」
誠一郎は黙ってうなづいていたが、
「従軍慰安婦って、テレビのニュースによく出てるじゃない、テレビの画面いっぱいになってワーワーわめいて、あんなニュースどう思う?」
誠一郎は、誰にとっても不愉快なニュースとしか思えないと強調した。
「あーあれね。あれでは何も伝わらない。あれはニュースではないですよ」
深雪の語気の荒い言い方を誠一郎は強くうなづいた。
からゆきさんの墓の写真のパネルの前に立つ深雪の真剣で哀しげな顔を思い出し、そしてかたわらに座る深雪の感性に寄り添えると思った。