ロビーのざわつきと弦が奏でる音楽が、ソファに並んで座る二人の気まずさを救ってくれた。
山崎は瞼を落とし、しばらく動かなかった。杖を身体の中央において、両手でその杖に体重をかけている。
誠一郎はビルマという言葉にただ惹かれて、ここまできたことを振り返っていた。
だが、誠一郎の口は重たい。
誠一郎は煙草を吸いたくなってポロシャツのポケットに手をのばすが思いとどまった。
老人は向かいの壁のパネルのパゴダの写真をじっと見つめていた。戦中にビルマでみたものとパネル写真に重ねるものを見出しているようだ。
「はい、ジュース」
目の前に、若い女性スタッフが缶ジュースを山崎に差し出すように立っていた。
山崎は「あ、深雪ちゃん、ありがと」といってそのジュースを受け取った。そして乾いた喉をうるほすように、おいしそうに飲み始めた。
誠一郎は目をふせていた。目の前の女性のスカートから見えるきれいな形の足に、ほんの少し見とれてあわてて視線を外した。
「いい催しだね。たくさん人も入ってるし。誘ってくれてよかったよ。無理してきてよかった」
「よかったわ。疲れたらいってね。おばさんから無理させないでっていわれてるのよ。血圧が高いんでしょ?」
誠一郎はゆっくり顔をあげて、目の前の女性を見上げた。もうすでに会っている。写真家の女性と雑談をしていた、あのときの後ろ姿の女性だ。スカートとTシャツという軽い服装をしていたが、落ち着いた女性という印象を受けた。
彼女のTシャツの胸元には名札がぶらさがっていた。
企画マネージャー 澤村深雪
彼女は誠一郎の方に軽く会釈をした。
山崎はおいしそうに缶ジュースを何度も口に運んでいた。
「ミャンマーに興味があるんですね」
深雪が興味津々に誠一郎に話しかけた。
「え?……」
誠一郎は彼女のストレートな問いかけにとまどった。
「だって初日からずっーとここに来られてるじゃないですか」
誠一郎は気が付かないところで深雪に見られていたことを知った。
「入場料がいらないからですよ。それにクーラーも効いてるし」
彼女は笑いころげていた。
「私が企画したので、来ていただいてうれしいんですよ。でも……とってもめずらしいなって思って」
中年の男が平日の昼の日中にこんなところに来るなんて、急にはずかしくなった。しかもポロシャツという軽い出でたち。ビジネス街なのに、スーツもネクタイもしていない。企業戦士としては、完全に武装解除されている。