今日は母絹江の初盆の日だ。
この日のために、恵子が誠一郎が育った家で準備を進めていた。絹江が昨年亡くなって以来、家はそのままになっていたが、初盆を無事に終えてから家の処分は考えるということを恵子と相談していた。
妻恵子の両親と母絹江の唯一の親族である伯母多江が京都から来てくれた。誠一郎が失業していることは、余計な心配をさせることになるかもしれないので、恵子と話し合い伏せておくことにした。
立派に飾り付けられた仏壇の前で僧侶による読経が流れている間、誠一郎はあらためて母のことを思い出していた。思い起こせば再婚もせず、一人で働いて息子を大学まで行かせた。卒業後大手企業に就職できたときの母の喜んだ顔。しかしさびしい人生だったのではないか。そんなそぶりは息子の前では一切見せなかったことが、一層そういうふうに思えた。誠一郎も母の前で戦死した父親のことは触れなかったし、まして寂しいなんて弱音も吐かなかった。
ただ、自分が忙しすぎて、それを言い訳にしてきて母を顧みることがほとんどなかったことが悔やまれる。元気なうちに、もっと旅行にでも連れていけばよかったと。
読経と時折木魚の音が心地よく響いてくる。誠一郎の頭の中はやがて深雪が提案してきたミャンマーへの旅へと飛躍していた。
一同の会食を終えた後、多江が一人残った。
「絹江はほんとにえらいわ。女一人で息子を立派に育てあげて」
多江がお茶をすすりながらしみじみいう。
「誠一郎君、今やからいうけど、戦後絹江にはいろいろ縁談があったんよ。女一人で生きていくのは大変ということで、いろんな人が持ってきてくれて。まだまだ若かったしね」
「お義母さんの若い頃の写真を見てたら、女優さんみたいで、ほんと綺麗な人でしたよね。縁談がきたっていうのもわかるわ」
と恵子が口をはさむ。
「僕はそんな話があったなんて聞いたこともないな」
「矢島さんの方からも、正式にうちの両親に新しい人生を送るようにいってくれてたのよ。遠慮しないで、再婚を考えてくださいって。絹江の方がふんぎりがつかなかったみたい。あの子はちょっと頑固なところがあって」
多江の涙腺がゆるむ。
「あんたが大学に入学した時も、うちの家に来て、いい大学に合格したと言って、泣いて喜んでたのよ。この日のために今まで頑張ってきたって言って」
多江は言葉に詰まりハンカチで涙をぬぐった。
「誠一郎君が小学校に上がる頃かな、旧家の後妻にとすすめられた話があってね、私も強く勧めたんやけどね。先方にも誠一郎君よりももう少し大きい男の子が二人いたんだけど。先方の方が優しい人だったみたいで、病気で先妻を亡くされて途方にくれてたと聞いたわ。絹江の方でも少し気持ちが動いたみたいだけどね……誠一郎君を気遣ったんだと思う」