Out of Far East    

アジアの歴史、民俗、言語、暮らし、読書、映画鑑賞など  by ほおのき麻衣

近づく終戦記念日 ビルマ慕情(14)

「このフェスティバルはどこで知りました?」

 企画マネージャーとして知りたい情報だった。

「新聞で知って面白そうに思ってね」

「やっぱりミャンマーに関心があるんじゃないですか」

 深雪は驚いた顔を誠一郎の方に向けた。

 誠一郎は話題を変えようと思った。

「たくさん来てますね」

「ええ、各メディアがね、好意的に紹介してくれたこともあって、大成功です。写真入りで紹介してくれた新聞もあるんですよ」

 深雪は会場を見回してうれしそうに笑顔を返した。

 素敵な笑顔だと思った。

 肩ぐらいの髪をハーフポニーテールにして、後ろに無造作に一つにまとめていた。化粧っ気のなさが新鮮だった。仕事で出会う女性たちはたとえか弱く見えても小さな戦士で、お互いの腹をさぐあったりつねに駆け引きをしているものだった。一方、夜の酒の場で出会う女性たちとも違う。

「明日はビルマ戦線に参加した元将校の方が、体験談を語ってくれることになってるんですよ」

 深雪は山崎に説明した。

「ああ、そうらしいね」

 もうすぐ8月15日の終戦記念日が近づいていた。企画を任されていた深雪は、ミャンマービルマ)フェスティバルとは別枠で戦争を考える催しを取り入れた。第一弾は講演会であり次の日は映画上映、そして終戦記念日までビルマ戦線、とくにインパール作戦についてのパネル展をすることになっていた。

「おじさんと話しが合いそうよ。インパール作戦について考えるパネル展もするので、ぜひ来てね」

 深雪が山﨑を誘っている。

 そして誠一郎の方に向いて

「いい話しが聞けそうですよ。パネル展も別室でやるのでぜひ来てください」

「あなたが企画したんですか?」

「そうです。もちろん他にメンバーもいるんですが、私がかなり推しました。だからたくさんの人に来て欲しいんです」

 誠一郎は、インパールというぼんやりした言葉を、若い女性がいとも簡単に口にすることにとまどっていた。

 誠一郎にとって知ってはいるが、決して口にすることがなかったことばだった。遠い過去、高校生のころに少し興味を持ったような気がする。といってもその後の人生の喜怒哀楽で点にもならない記憶になったままだった。

 だが、はじめて聞く言葉ではないことは確かだった。

インパール……」

 誠一郎は改めてつぶやいていた。

「そうです。ご存じですか?」

 深雪は誠一郎の方に身をかがめるように確かめてきた。

「うん、聞いたことがあるかな」

 誠一郎は深雪とは視線を合わせず答えた。

「よかったわ。はじめて聞いたわなんていう人が多くて、だからパネル展もセッティングしたんです。インパールってインドの町の名前で、戦中そこは連合軍の拠点になっていたんです。で、その町を日本軍がビルマ側から3個師団を使って3方向から、攻め入ろうとした作戦なんです。結局敗退して犠牲者も多くでて、まあ、悲惨な結果になったんですが」

 誠一郎は平静を装って聞いていた。

 山﨑は缶ジュースを手にもって二人のやり取りをじっと聞いていた。

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<お知らせ>

 実は一週間ほど前から頚椎症が再発して、現在肩と腕の痛みと痺れの治療中です。

 完全に治ってから続きを書きたいと思っております。更新はしばらく休みます。

老兵と語る女性 ビルマ慕情(13)

 ロビーのざわつきと弦が奏でる音楽が、ソファに並んで座る二人の気まずさを救ってくれた。

 山崎は瞼を落とし、しばらく動かなかった。杖を身体の中央において、両手でその杖に体重をかけている。

 誠一郎はビルマという言葉にただ惹かれて、ここまできたことを振り返っていた。

 だが、誠一郎の口は重たい。

 誠一郎は煙草を吸いたくなってポロシャツのポケットに手をのばすが思いとどまった。

 老人は向かいの壁のパネルのパゴダの写真をじっと見つめていた。戦中にビルマでみたものとパネル写真に重ねるものを見出しているようだ。

 

「はい、ジュース」

 目の前に、若い女性スタッフが缶ジュースを山崎に差し出すように立っていた。

 山崎は「あ、深雪ちゃん、ありがと」といってそのジュースを受け取った。そして乾いた喉をうるほすように、おいしそうに飲み始めた。

 誠一郎は目をふせていた。目の前の女性のスカートから見えるきれいな形の足に、ほんの少し見とれてあわてて視線を外した。

「いい催しだね。たくさん人も入ってるし。誘ってくれてよかったよ。無理してきてよかった」

「よかったわ。疲れたらいってね。おばさんから無理させないでっていわれてるのよ。血圧が高いんでしょ?」

 誠一郎はゆっくり顔をあげて、目の前の女性を見上げた。もうすでに会っている。写真家の女性と雑談をしていた、あのときの後ろ姿の女性だ。スカートとTシャツという軽い服装をしていたが、落ち着いた女性という印象を受けた。

 彼女のTシャツの胸元には名札がぶらさがっていた。

 

 企画マネージャー 澤村深雪

 

 彼女は誠一郎の方に軽く会釈をした。

 山崎はおいしそうに缶ジュースを何度も口に運んでいた。

ミャンマーに興味があるんですね」

 深雪が興味津々に誠一郎に話しかけた。

「え?……

 誠一郎は彼女のストレートな問いかけにとまどった。

「だって初日からずっーとここに来られてるじゃないですか」

 誠一郎は気が付かないところで深雪に見られていたことを知った。

「入場料がいらないからですよ。それにクーラーも効いてるし」

 彼女は笑いころげていた。

「私が企画したので、来ていただいてうれしいんですよ。でも……とってもめずらしいなって思って」

 中年の男が平日の昼の日中にこんなところに来るなんて、急にはずかしくなった。しかもポロシャツという軽い出でたち。ビジネス街なのに、スーツもネクタイもしていない。企業戦士としては、完全に武装解除されている。

見知らぬ老人 ビルマ慕情(12)

 四日目も同じように、ロビーにある広いコーナーの壁に飾られたパネルの前で、まぶたに焼き付けるように眺めていた。

 心を落ちつかせようとした。

 そして休憩コーナーで煙草をふかせていた。

 ソファベンチに腰かけて考え事をするかのようにフロアの床の一点に目を落としていた。まるでうなだれて何かに絶望するかのように。

 周りのことは目に入らない。

 

 杖をついた老人が、誠一郎がすわっていたソファベンチのとなりに「横、いいですか」と言いながら、ゆったりすわる気配を感じた。

「外は暑いね」

 老人は汗をハンカチで拭いながらいった。

 誠一郎は、自分がソファの中央にすわって独占していることに気が付いた。あわてて老人と距離を置くようにソファの端により、目の前にある円筒形の灰皿でくわえていた煙草を消した。

 ゆったりした開襟シャツを着ていて、歳は80歳ぐらいに見えた。

 老人はなおも誠一郎に声をかける。

「いい催しだね」

「そうですね」

 誠一郎はてきとうに相槌をうった。

「なつかしくてね」

「……」

 老人の意外な一言に誠一郎は言葉がでなかった。

 老人は見知らぬ中年男性でしかない誠一郎の前で無防備だった。

「むかし、ビルマにいたことがあるんだよ。今はミャンマーっていうらしいね」

 まるで自慢話をするかのような言い方だった。

「仕事か何かで?」

 ちらっと顔を老人の方に向けてきいた。

 ビルマにいたということで、観光とは思えなかった。

 誠一郎の問いかけに、その老人はかすかに笑みを浮かべて、少し誠一郎の方に顔を向けた。

「戦中だよ」

 老人は軽く返事をした。

 誠一郎は返す言葉を見つけられなかった。

 かたわらにすわる杖をついた白髪の老人と若い日本兵のイメージが重ならない。

「戦中ビルマに行ってた?」

「そうだよ。今の若いもんにはわからんやろうな」

 その老人は小さな驚きをみせて、はっきりと誠一郎の顔をながめた。

 ミャンマービルマ)の音楽が流れている。

「こんな歳になって、やっとビルマのことを人にしゃべれるようになったよ」

「……」

「よう生きて帰れたよ」

「……」

「帰れんかったもんもおるからな。悲惨な戦場だったよ」

 老人は黙っている誠一郎に気がついて、

「くらい話しやな……すまんね。山崎といいます」

 と軽く頭を下げた。

「あっ、そんなことはないです。矢島といいます」

 誠一郎も軽く頭を下げた。

「家内の姪がここで働いているので、誘われたんだよ」

 しばらく二人はそれぞれが違う一点を見つめていた。

面接の日々 ビルマ慕情(11)

 次の日、午前中に誠一郎は職安に向かった。

 三日前に面接を受けた会社から、履歴書が昨日郵送で送返されていたので、もう一度はじめから求人を探すためだった。すでに何通も履歴書を送返されるという苦い経験を積んでいる。社会から求められていないという感情だけが残っていく。

 だが、落ち込んではいられない。

 職安に届いたばかりの新しい求人票は壁に張り出された。誠一郎はまず壁に貼ってある求人を丁寧に眺める。これと思う求人がなければ、正社員の営業総務の求人のファイルを一枚一枚めくりながら探していく。もう何人もの手でめくられてきたので、ファイルは倍以上に膨らんでいた。もうこの段階で他の求職者との競争が始まっている。

 今まで何社も受けて落とされている事実を前に、職員から「条件を少し下げて探した方がいいですよ」と言われた。前の会社が一部上場会社だったからといって、それを基準にすればとうてい見つからないだろうと。職員からすれば、誠一郎と同じような年齢の男性の営業総務職希望者が多いことを知っている。

 誠一郎はなんとか希望に近い求人票を見つけた。受け取った担当の職員は、先方の会社に電話連絡を入れて、面接の日程を決めてくれる。

 誠一郎の自尊心が崩れかけていた。

 

 お昼は駅の中のうどん屋で適当に食べて、そのまま国際交流女性センターに向かった。

 ミャンマービルマ)フェスティバル二日目も誠一郎は会場にいた。そして前日と同じようにビルマ様式の仏塔であるパゴダやミャンマーの僧侶たちの写真をじっくり見る。

 何かに惹かれるように、同じパネル展を眺めてすごした。途中煙草をふかすために休憩する。誰にも邪魔をされない心地よさに満足していた。

 

 次の日、前日に面接を設定してもらった会社へ向かった。

 受付の女性に待合室に通された。

「たくさん来てるんですか?」

 誠一郎は人の出入りの気配を感じて、受付の年配の女性に心配になって訊いた。

「そうですね。今日だけで10人ぐらいの面接の予定が入ってます。明日も続きますからね」

 年配の女性は小声で説明してくれた。

「その中から3人ぐらいにしぼって役員面接になると思います」

 総務職たった一名の募集にこの求職者の数を考えて、誠一郎は今回もだめだろうと観念した。

 受付の女性に会議室まで案内されて、誠一郎は型通りの面接を終えて出てきた。

 

 足は国際交流女性センターに向かっていた。

 同じパネル展の前に立っている。まるで居心地のいい喫煙所を見つけたような気がしていた。

「ミャンマーの今」写真展 ビルマ慕情(10)

 

 ロビーの奥のコーナーでは、ミャンマーから取材旅行で帰ってきたばかりの女性の写真家による写真が展示されていた。

 コーナーの入り口には、写真家の顔写真とプロフィールが紹介されていたが、つい最近までサラリーマンをしていた誠一郎にとっては聞いたこともない人だった。

 ミャンマーはアジアでも有数の仏教国であった。

 パゴダという金色に輝く仏教建築物が大写しになっている。まるで金のゴブレットをひっくり返して台座をとったような形だった。日本の木造の仏教建造物から受ける印象とは全く違っていた。

 誠一郎は初めてみるものばかりで、一枚一枚を確かめるようにゆっくり見て回っていた。

 オレンジ色の袈裟を着た少年たちの姿もあった。あどけない少女達や、ロンジーという民族衣装を着た若い女性達の写真もある。みなほおや額にベビーパウダーのような白い粉を塗りつけていたが、強い日差しから日焼けを守るためにするものだという。

 続いて、「からゆきさん」の墓の展示に変わった。

 からゆきさんという近代日本の発展の陰で、東南アジアまでやってきた女たちのことは少しずつ知られてきている。ビルマの娼館で働く女性もいて、彼女たちの墓が首都ヤンゴンの日本人墓地に残されている。日本への帰国が叶わず、ビルマで亡くなったからであった。日本の方を向くかのように墓石は建てられているという。

 誠一郎にとって、からゆきさんは聞き慣れない言葉だったが、珍しいものを見るかのように向き合っていた。

 煙草をすいたくなると、少し離れた灰皿台の近くのソファに座って休憩した。

 黒いTシャツとジーンズ姿でショートヘアの女性写真家が、少し離れて後ろ側から自らの写真と観客たちを眺めていた。

「いい写真撮れましたね」

 どこからか首から名札をぶら下げている女性スタッフが近づき、女性写真家に声をかけた。

「ありがとう」

と、女性写真家は満足げにうなづいていた。

従軍慰安婦は間に合わなかったんですね」

「そうね。現地でできるだけ情報を探したんだけどね、時間切れでね。それだけがちょっと残念かな」

「からゆきさんのお墓はよく撮れてますよ。こんなの初めて見たわ」 

 そしてからゆきさんのお墓をやさしいまなざしで二人の女性はじっと見つめている。

「私も一度行ってみたいわ」

と、すらっとした後ろ姿の女性スタッフは、からゆきさんのお墓のパネルをみながら呟いた。

 二人の何気ない後ろ姿の会話が気になって、誠一郎は煙草の火を消してそのお墓のパネルの方に静かに近づいた。

 誠一郎は少し離れて彼女たちの後ろ姿をほんのすこし眺めた。女性スタッフの方がそれに気付いたのか、誠一郎の方に少し顔を向け軽く会釈した。

「じゃあ、明日の新聞社の取材よろしくね」

と女性写真家にいって、女性スタッフはふたたび胸元の名札を揺らしながら、階段室の方に消えていった。

ミャンマーについて ビルマ慕情(9)

 国際交流女性センターに入ると、何の楽器だろうか、今まできいたこともないような弦がはじけるさびしげな音色の民族音楽が流れていた。

 誠一郎は別世界にやってきたような感じがしていた。

 奥の方では平日なので大勢の女性がつどっていた。男性の老人の姿もちらほら目に入った。年配の女性たちは物品販売コーナーに集まり、華やかな配色の民芸品を手にもって品定めをしている。テーブルセンター、ポーチ、壁飾り、ショルダーバッグ、ペンケースなどが陳列台に並べられていた。ミャンマービルマ)を紹介する書籍も並べられていた。

 中央の台にのったガラスケースには竪琴が飾られている。まるで古代の船のような湾曲した形でビルマの竪琴と書いてある。

 男性は少なかったが、ほどよく紛れ込める賑わいに助けられて誠一郎は溶け込んでいった。

 

 まずは順路に従って歩くことにした。

 最初にミャンマービルマ)についての解説が書かれたパネルが飾られていた。

 

<【国土】

 インドシナ半島の西海岸を占めるミャンマーは、日本の国土の約1.8倍の面積があり、国境は南東はタイ、東はラオス、北東と北は中国、北西はインド、西はバングラデシュと接している。

 国土は北部が高く、南部が低い地形であり、西部には3000m級のアラカン山脈が南北に走る。東部はラオスやタイにつながるシャン高原が広がっていて、サルウィン川が南流している。中央部にはイラワジ川とシッタン川が南流し、下流部には大デルタを形成している。

 このイラワジ川の最大の支流がチンドウィン川である。チンドウィン川の流域は森林に覆われた山岳地帯で、インドとの国境に近い。

 気候は熱帯性季節風気候であり、雨季(5月ー10月)と乾季(11月ー4月)の別が明瞭である。特に、ミャンマー独特の激しい雨はよく知られている。

 

【言語、宗教】

 人口の6割をビルマ族が占める多民族国家で、公用語ビルマ語である。 

 宗教は住民の大半が、仏教の分類の一つである上座部仏教(じょうざぶぶっきょう)を信仰していて、東アジア、チベットベトナムに伝わった大乗仏教とは歴史的過程が違う。

 

【歴史】

 19世紀に三度にわたったイギリスとの戦争で、それまでの王朝が滅びた後、イギリスの植民地となった。第二次世界大戦中に日本の占領を受け、ビルマ国としてイギリスから独立したが、日本の敗戦で再びイギリスの植民地に戻った。

 1948年ビルマ共和国として独立。

 1962年のクーデターで、ネ・ウィンの独裁政権となり、1974年国名をビルマ連邦社会主義共和国と改名。

 1988年には民主化運動でネ・ウィン体制は崩壊した。その後、ミャンマー国軍が再びクーデターで軍事政権を設立して、国名をミャンマー連邦に改名した。>

 

 ミャンマービルマという二つの国名が現地点で存在する複雑な歴史的、政治的背景に、誠一郎は向き合っていた。かつて日本でビルマという慣れ親しんだ呼称が、ミャンマーにとって変わりつつあった。

 それゆえに、フェスティバルの名前もミャンマービルマ)という表現になっていた。

文化欄の催し ビルマ慕情(8)

 

 暑い夏。8月に入って日差しがきつい日が続いていた。

 リビングルームでは扇風機が静かな音を立てて回っている。誠一郎はいつものようにソファにすわって新聞を眺めていた。庭に続くサッシは開け放たれ、時折涼しい風が入ってきた。

 妻恵子は今朝はまだ自宅にいた。遅出らしい。

 誠一郎の新聞のページをめくる手が止まった。

 何気なく文化欄を見ていると、ミャンマービルマ)フェスティバルという文字を見つけたからだった。今日から1週間、大阪市内にある国際交流女性センターという施設で行われるとある。ビルマという言葉にくぎ付けになっていることは、誠一郎だけが知っている。

 パネル展、講演会、映画上映、物品販売、書籍紹介と多彩な催しがおこなわれるとある。入場料無料。

 何か惹かれるものを感じていた。

 

「話し聞いてる?」

 突然恵子が誠一郎に近づいてきた。

「ん?」

「お義母さんの初盆のこと、京都のおばさんに電話しておいてね」

「うん」

 そう言って、今日は別に職安にいく予定ではなかったが、誠一郎は和室に入り、ポロシャツに着替えて出かける用意をした。

「職安に行くの?」

 恵子は、急に出かける用意をし始めた誠一郎に気がついて声をかけた。

「……うん」

「少し焦ってね」

 恵子が声をかける。恵子はもう焦らせる言葉しか口にしない。日中家にいられることにいらだっている。

「職安で手続きがあるし、ちょっと仕事をさがしてくる」

 誠一郎はズボンポケットに財布とハンカチが入っていることを確かめた。

「そろそろ次の職場見つかればいいのに」

 恵子は洗面所で洗濯機から洗い終わった洗濯物を出している。その姿をちらっと見て誠一郎は玄関を出た。

 ぎらぎらした太陽が駅まで向かう誠一郎の背中を照らす。

 春には満開だった桜の木から、風が花を散らし、後に残った葉桜をさらに側溝に吹き集め、いつしか人の手でかき集められ景色から消えていった。

 

 地下鉄天満橋駅の改札口を出ると、駅の道案内で目的地を確かめた。十分ほど歩いて行けば、確かに見慣れぬ大きな建物が目に入ってきた。仕事でこの前を通ったこともあったが、気づいたことはなかった。それもそのはず、まだできたばかりで地下1階、地上部7階建の壮大な外観をしていた。ビジネス街の中に突然現代版のお城ができたような威圧感があった。

 入り口には立て看が出ていて、ミャンマービルマ)フェスティバル開催と書いてあった。中ではたくさんの人が集まっている様子がガラス越しに伺えた。駅から誠一郎と同じ道をやってきた年配の女性たちが何人か、ワイワイ言いながら入っていく。

 ちょっと気後れしていた誠一郎もその流れについていった。